Build Insiderオピニオン:小川誉久(3)
Chromebookか、Windowsか
「The Network is the Computer」。これはかつてSun Microsystemsが掲げたスローガンだ。そして、まさにネットワークがコンピューティング環境となる時代が到来しようとしている。
グーグルの低価格ノートPC「Chromebook」、いよいよ日本でも個人ユーザー向けの一般販売が開始された。Chromebookの詳細は@ITの記事「Chromebook入門:まだ知らない人のためのChromebook」に譲るが、これはグーグルがLinuxをベースに開発したChrome OSを搭載するネットPCで、2~3万円台という驚きの低価格で買えることが話題だ。
一方、マイクロソフトは、Windows 8.1 with Bing(@ITの記事『Windows 8.1クロスロード:第12回 ローコストデバイス向け新エディション「Windows 8.1 with Bing」』)という特別なエディションを無償でPCベンダーに提供し、やはり3万円台で買える低価格Windows PCを世に送り出すことでこれに対抗している。PC価格破壊の勝者は果たしてグーグルか、マイクロソフトか……。
というありがちな対決の構図は分かりやすいようで、全くもって問題の本質ではない。このサイトの読者ならよくご存じだろう。
実は私は、ちょうど1年ほど前の2013年末に、並行輸入品のサムスン製Chromebook(第1世代)を購入して半年ほど使っていた。今回は、この経験から感じたことや考えたことをほんの少し。
結論:Chromebookは予想外に「使えた」
Chromebookに興味を持ったのは、米国で大人気というニュースを見たから。まあこういう仕事なので、話のネタにと、amazon.co.jpで売っていた並行輸入品を3万円ちょっとで購入した。
注文はしてみたものの、正直なところ、最初はほとんど期待していなかった。価格から考えても性能は高くないだろうし、ブラウザーが使えるだけでネットがなければ使い物にならず、長年使い慣れたWindowsアプリも使えないからだ。恐らく、まだChromebookに触れたことのない読者の印象も同じようなものだろうと思う。
実際商品が到着して、電源を入れたときの印象もあまりよくなかった。確かに軽くて、薄くて、持ち歩きにはよいが、液晶の視野角は広くなく、少々ぼんやりした感じで(このあたりは機種固有の問題ではあり、他のChromebookではWindows PC並のものもある)、「さすがは低価格品」と思ったものだ。
Chromebookとはどんなものかと簡単に説明するなら、WindowsにChromeブラウザーをインストールして、これを全画面にしてChromeしか使わない状態と考えればよい。Photoshopも使えなければOfficeも秀丸エディタも使えない。
しかしいざ使い始めてみると、これが案外に困らなかった。当のグーグルを始めサードパーティからも、多彩なChrome拡張(Chromeブラウザーを拡張するプログラム)が公開されていて、完全とはいえないもののOffice文書も編集できたし(Google製Chrome拡張)、テキストエディタにもなかなか使えるものがあった(WriteBox)。
すでにChromeブラウザーはWindowsでも使っていたし、Chromebookを使うのを機会に、メール環境をOutlookからGmailに移行したこともあって、普段の作業ではあまり困ることがなかった。ストレージはDropboxが使える。気がつけば、自分の作業環境はずいぶんとWeb型になっていたものだとあらためて認識させられた。
購入したSamsungのChromebookは少々遅いが、軽いし起動は速いし電池は持つということで、だんだんに手になじんでいった。
一番便利だったこと:いつでもベストエフォートでコンピューティングできること
実はChromebookを起動して最初に強く感銘を受けたのは「引っ越しがいらない」ということだった。
例えば今、読者が使っているWindows PCが突然に故障して、新しいPCに移行しなければならなくなったとして、作業環境を復帰するまでにいったいどれくらい時間がかかるだろうか。
Windowsをセットアップして、必要なアプリをインストールして設定をし直して、データをコピーする。早くても半日、場合によっては一日仕事ではあるまいか。
Chromebookは違う。新しいChromebookを起動したら、Googleアカウントでログインすると、いつもの作業環境がすぐに再現する。もし故障したら、新しいChromebookを買ってきてログインすればよい。パソコンを忘れた同僚が出先で困っているなら、自分はいったんログオフして、同僚にChromebookを貸してあげよう。ログオンした同僚は、いつも通りにChromeブラウザーが使えるだろう。
Webサーバー側にアプリもデータもあればこその利点だが、これが実に快適なのだ。
オフィスのデスクではWindowsデスクトップ(Chromeブラウザー)で作業して、会議室に移動したり、出かけたりするときはChromebookを持ち出す。デスクトップでやっていた作業の続きはChromebookですぐできる。
Chromebookを持ち歩くのが面倒なら、ポケットにあるiPhoneやAndroidでもChromeブラウザーやGmail、Dropboxはそのまま使えるから、最低限のことはできる。いつでも続きの作業ができるし、データの持ち運びに気をもむ必要もない。時と場所に応じて、そのときに持っているデバイスで最善の作業ができる。OSやデバイスにロックインされない自由を手に入れられるわけだ。
もうお気づきの通り、問題はChromebookかWindowsかということではない。より自由なコンピューティング環境を手に入れられるかどうかだ。
新生マイクロソフトのお手並み拝見
現状で実用的に使えるネットアクセスの入り口は、デスクトップPCにノートPC、タブレットにスマートフォン、家庭用TVといったところだろう。加えて今後は、腕時計やメガネなどのウェアラブルデバイスや、自動車に広がっていくようだ。その先も、予想外の入り口がどんどんできていくに違いない。
かつてのマイクロソフトの戦略は、こうした全ての入り口をWindowsで塗りつぶしていくことだったろうと思う。モバイルにせよ車載システムにせよ、マイクロソフトは早くからWindowsの普及に向けて活動していた。
2002年11月、マイクロソフトは時計やペン、キーホルダーなどをネットワーク連携させるSPOT(Smart Personal Object Technology)と呼ばれる技術を発表した。現在のIoTの先駆けといってよいだろう。
しかしご承知の通り、特にタブレットやスマートフォンなどのモバイル機器では、Windowsの存在感は小さい。今後のウェアラブルデバイスでも、主導権を握るのは現状を考えれば容易ではないだろう。
未来のコンピューティング環境において、マイクロソフトはどんな存在になっているのか。
永いこと霧が晴れなかったマイクロソフトだが、くだんの無料版Windowsバージョンの提供に加え、iOSやAndroid OS版Officeの発表や、なりふり構わぬ開発環境のオープンソース対応など、現実を踏まえ、「Windowsファースト」という金科玉条を捨てた、大きな方針転換が新CEOであるサトヤ・ナデラ氏のものとで始まりつつある。
2015年がマイクロソフトにとってどんな年になるのか。大いなる期待を胸に注目したい。
小川誉久(おがわ よしひさ)
(株)デジタルアドバンテージ代表取締役。
カシオ計算機でUNIX系システムの開発に3年間従事し、その後アスキー出版局に転職。書籍『プログラミングWindows』の編集を皮切りに、マイクロソフト系技術書の翻訳編集を手がける。1989年、月刊スーパーアスキーの創刊に参加。WindowsやPC/AT互換機に関する記事を担当した。2000年に独立してデジタルアドバンテージを創立。
現在は@ITでの情報サイト運営、Build Insiderの運営に加え、2010年からはGPSを活用した地図系スマートフォンアプリの開発にも携わっている。
※以下では、本稿の前後を合わせて5回分(第1回~第5回)のみ表示しています。
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