Build Insiderオピニオン:高岡大介(5)
なぜ僕たちはこんなにもIoTに魅せられるのか
「あちら側」と「こちら側」。『Web進化論』から10年近くが過ぎようとしている中で、IoTによってネットとリアルの関係はどう変わろうとしているのか。
札幌出張から帰りの機内、疲れた体を狭いエコノミーシートにうずめながら離陸前の朦朧(もうろう)とした状態で「次のコラムのネタをどうしたものか」と頭を抱えている。このネットが発達した今でも片道4時間以上かけて出張に行く価値は何なんだ。思わずそんなこと考えてしまう。今にも雪が降り出しそうな鉛色の空のように、僕の思考も重く鈍っていた。
機体の振動が高まり、加速と共に重力を感じ始めたころ、ふわりと体が浮き上がるような感覚を覚えて離陸した。その時、これまで考えていた点がつながったような気がした。
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ここ最近、Internet of Things(IoT)が盛り上がりを見せている。僕自身もIoT勉強会を開催したり*1、記事を書いたり*2、対談させていただいたり*3とIoT関連のお話を頂く機会が増えてきた。
- *1 勉強会については以下のURLを参照。
- 2014年11月期 AITCオープンラボ「IoTとは何なのか 一緒に考えよう! IoT勉強会」
- 2014年12月期 AITCオープンラボ「第2回 IoT勉強会 ~「ソリューション」と「デバイス」の両側から攻めてみる ~」
- 2015年1月期 AITCオープンラボ「第3回 IoT勉強会(ハンズオン) ~ センサーデータをクラウドに蓄積してみよう! ~」
- *2 連載:IoTxWeb(1)「WebクリエイターのためのIoT/WoTの基礎知識」
- *3 連載:IoTxWeb(5)「【IoT時代のWebとモノづくり】WebクリエイターもMakeしようぜ!ぶっちゃけ対談60分」
GEのインダストリアル・インターネット、Cisco SystemsのInternet of Everything(IoE)、MicrosoftのInternet of your Things、IBMのSmart Planet。大手企業はさまざまなビックピクチャーを描き、全てをWebとつなげようというWeb of Thingsなんて言葉も出てきた。「年間成長率13%という驚異の成長率、2020年には3兆ドル(約330兆円)」ともいわれる莫大な市場規模。ガートナーのハイプサイクルでも「ピークだ」といわれる今、IoTバブルが最高潮に達しようとしている。
そういった大きなビジネスに対する期待感ももちろんあるが、このIoTブームの裏側にはそれだけではない何か別の魅力を感じる。今回はそれが何かを考えてみよう。
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もう10年近く前、『ウェブ進化論』という書籍をきっかけとして「あちら側」と「こちら側」という言葉を巡って議論が巻き起こった。ネットが「あちら側」で、実社会が「こちら側」だ。この本で語られたのは、今後10年間でこちら側のビジネスがどんどんあちら側へシフトしていくということだった。
確かにGoogle、Amazon、Facebookなどあちら側の勢いは衰えることなく、今でも成長を続けている。しかし10年近くたった今、新しい流れが起きようとしている。今度はあちら側からこちら側、ネットからリアルへの回帰が起きているのだ。
これまでこちら側の情報がどんどんあちら側へ吸い上げられて、ネット上のサービスは発展してきた。このまま発展すれば、ネット上のバーチャル空間で僕たちは生きていけると思っていた。しかし、ネットが充実すればするほど、リアルな体験、コミュニケーションは貴重なものとなり、渇望されるようになってきたのだった。リアル空間はまだまだネットに置き換えることはできない。
CDの売り上げが下がる一方、ライブ動員数はここ10年で2.1倍、売上は2.4倍になっているともいう。また新しい形態としてライブビューイングなども人気だ。流通・小売りでもその動きはある。ネットショッピングが拡大するほどリアル店舗ははやらなくなるかと思えばそうでもない。野村総合研究所の「生活者1万人アンケート調査」によると、「どこで商品の情報を得ているか」という割合で、リアルの店舗・店員がここ数年で大きく増加しているのだ。
エンジニア界隈では実際に集まる勉強会やミートアップが数多く開かれ、人気のものは200席が即日のうちになくなることもよくある。ユーザーコミュニティから生まれるカンファレンスなどの大規模イベントも盛況だ。
近頃、何かと話題のUberやAirbnbのようなシェアリングエコノミーも、あちら側ではなくこちら側のリアルな体験を提供するサービスだ。
そう、僕たちはリアルに生きているんだ。そこから切り離すことはできない。
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もちろん、ネットがだめでリアルがいいという話ではない。いまさらネットのない時代になんか戻れない。「ネットからリアルへの回帰」と上ではいったが正確には単純な回帰ではない。ネットの利便性と可能性をリアルへ持ち込み、さらに良い体験を提供する時代になっている。
そのリアルとネットをつなぐ架け橋として期待されているのがIoTというわけなのだ。センサーなどはこちら側からあちら側の入り口としての役割を担い、あちら側で処理された結果が各種IoTデバイスによってこちら側へ働きかける。それによってリアルでの体験を劇的に向上させることを目指している。
両者をつなぐものは他にもたくさんある。ソフトバンクのPepperなどで注目を集めているコミュニケーションロボットもそうだろう。日本政府は昨年9月に「第1回ロボット革命実現会議」を開催し、ロボット先進国として世界をリードしていくことを目指すとともに、ロボット産業を成長戦略の柱の1つに位置づけている。
また、あちら側とこちら側を結びつけるためのエンジンとして人工知能が再び盛り上がっている。昔からあった多層パーセプトロンを使ったニューラルネットワークにブレークスルーを起こし、劇的な成果を上げたDeep Learningが注目されている。これまで限界があるとされていたこちら側の認識(音声、画像、自然言語、etc.)を、あちら側で機械学習により獲得できるようになりつつある。
この流れはますます加速していくだろう。これまでの10年は「こちら側からあちら側へのシフト」だったが、今後10年は「あちら側からこちら側への浸食が起こる」ともいえるのではないだろうか。
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このところやっていたリアルでのイベントや、IoT、機械学習の勉強が線でつながった。そんなことを夢想していると、いつの間にかもう着陸体制に入るようだ。空を見ると東京はよく晴れている。夜空に浮かぶ一番星が見えた気がする。
高岡 大介(たかおか だいすけ)
大手外資系企業でエンタープライズシステムの開発、国立研究所にてセマンティックWeb/オントロジー関連の研究に従事し、 技術顧問、開発、執筆、講演などITに関する仕事に広く携わる。
2015年より取締役 兼 最高技術責任者(CTO)として株式会社オープンウェブ・テクノロジーにジョインし、TechFeedを開発。Webフロントエンドだけでなく、バックエンド、インフラなどシステム全体に関わる。
AITC運営委員(エバンジェリスト)、Sencha UG共同運営者などのコミュニティ活動、 HTML5Exports.jp エキスパート、Build Insider オピニオンコラム執筆など。
※以下では、本稿の前後を合わせて5回分(第3回~第7回)のみ表示しています。
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「あちら側」と「こちら側」。『Web進化論』から10年近くが過ぎようとしている中で、IoTによってネットとリアルの関係はどう変わろうとしているのか。
7. 新規サービス立ち上げ時の技術の採用とメタボリズムアーキテクチャ
開発者向けの新たな情報キュレーションサービス「TechFeed」(techfeed.io)の立ち上げの裏で開発者たちは何を考えていたのだろうか。